ラリー・サンガーはプロジェクトの発足から1年と数か月の間、「Bomis」から賃金の支払いを受けた参加者だった。このせいもあって、彼は折に触れてほかのメンバーから仲裁役を頼まれることもあったとされる。また彼は、ウィキペディアに先立って発足した査読制度付のオンライン百科事典作成プロジェクト「ヌーペディア（Nupedia）」の編集主幹も務めた。2003年初め、「Bomis」は景気の低迷により業績不振に陥り、サンガーは解雇され「ヌーぺディア」も2004年に活動を停止した。
